Yes

私の大好きな作家にレイ・ブラッドベリ (Ray Bradbury)という作家がいます。

少年の心をずっと持ち続けるこひとが出来た稀有な大人で、今年の6月に亡くなりました。

彼の遺した「火星年代記」や「ウは宇宙船のウ」、「十月はたそがれの国」は今でも心に深く刻まれています。

センス・オブ・ワンダー。

知を楽しむ心、彼はそれを私に教えてくれました。宇宙へ、深海へ、過去へ、異郷の地へ、いろんなところへ運んでくれました。

彼のエピソードでこんな話があります。以前NHKの番組出ていた彼が語った話です。

彼は小説が売れる前からある古書店にずっと通っていました。

そこのレジにいる娘さんが大好きで仕方なかったからです。

やっと自分の小説が出版されることになった折、彼は思い切ってその娘さんにプロポーズしました。

「彼女はそのとき、とても優しい声でYesと言ってくれたよ。それはわたしの今まで聞いた中で最高のYESだったね。」

彼は80過ぎて、嬉しそうにこのことを語ってくれました。

そして、妻が亡くなるまでの56年間、二人はいつも一緒でした。

ある人が、「結婚後もそんなに仲良くできる方法はなんですか」と尋ねたところ、「ユーモアのセンスじゃよ。」と答えたそうです。

「何があってもどこか憎めないような二人であること。」これが大切だそうです。

こんなに最高の結婚生活を続けられるって幸せなことですね。
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  # by kubogon | 2012-10-15 17:21 | 教育

「身についたものは」

昨年母を亡くした。

いつも前向きに明るく生き続けた人で、俺の唯一尊敬できる人でもあった。

その母が生前よく口にした言葉は

「身についたものは誰も盗っていかん」という言葉だった。

財産や金品はいくら貯めても、人手に渡ることもあるが、自分の身についた能力は常に自分とともにある、ということだ。

母は貧しいうちの育ちで、中学しか出ていない。

それでも、お茶や着付けを深く愛し、多くのお弟子さんたちを持つまでにいたった。

親子そろっての教える仕事だが、未だに母の域には到達できていないなあと痛感する。

親からいただいたこの体、生まれたときは裸のサルだ。

その器にどれだけのものを詰め込んでいけるかは、本人次第。

空っぽな人間は、心に多くの隙間を持ってしまう。

死ぬまでにわが身に隙間ができぬよう、思う存分いろんなものを詰め込んでいきたい。

留まる水はにごるが、流れる水はいつも清い。

いつかあなたに追いついてみたいものですね、おかあさん。
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  # by kubogon | 2010-01-22 10:13 | 教育

「紡ぐ」ということ

「紡ぐ」(つむぐ)

語意・・・綿や繭(まゆ)を錘(つむ)にかけて繊維を引き出し、縒(よ)りをかけて糸にすること。

蚕が大人になるためにじっくりと時間をかけて吐き出した糸を、人はまた、丁寧に繊細に紡いでシルクという布地を作る。

気持ちを込めて丁寧に織られた布は丈夫で美しく、数世代に渡って我々の眼を楽しませてくれる。

言葉を紡ぐということもある。

自分の中にある一番美しい言葉を水出しコーヒーのように時間をかけて純化していき、自分の大切な人に届ける。

吐き捨てられた言葉ではなく、シルクのような手触りでほんのりと優しい気持ちにさせてくれる言葉。

そんな言葉を持つには、これもまた時間をかけて経験に基づく生きた言葉を蓄積していくしかない。


愛も紡ぐもののひとつかもしれない。

出会いという繭から、お互いの気持ちの優しさとと美しさをくみとり、少しずつ太い絆に変えていく。

生きる時間ばかり長くなって、生き方の美しさが目減りしてきているような気がする。

一度腰を据えて古き友に手紙を書いてみたりするのもいいかもしれない。
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  # by kubogon | 2008-06-26 16:06 | 教育

「晴耕雨読」ということ

「晴耕雨読」(せいこううどく)
語意・・・晴れた日には田畑を耕し、雨の日には家にこもって読書をすること。悠々自適の生活を送ることをいう。

実のところ晴耕雨読は晴耕雨耕につながる。

読書は心を耕すものだからだ。

雨の日はいつもより気持ちも落ち着き、しっとりとした感じになる。
そんなときには、美しい言葉で書かれた本を読みたいものだ。

37の年にバイクで日本一周していた。

鳥取の砂丘近くのキャンプ場で、一人の老人と知り合った。

自転車で日本一周しているという。バイクより自分の足で進む自転車の方がかなりきついはずなのに、その老人は楽しそうだった。

バイクの旅のとき、雨の日はレインスーツを着て走っていた。

「雨の日はどうなさるんですか。」と尋ねたところ、彼は笑ってこう答えた。

「テントで本を読んで過ごすよ。」

「雨が降り続いたらどうするんですか。」

「ずっと本を読んで過ごす。」

ああ、負けたな、と思った。

彼の年齢になるまでもう少し時間がかかるが、年とともに時間をゆったり使えるようになりたいと思う。
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  # by kubogon | 2007-05-24 18:52 | 教育

「琴線にふれる」ということ

「琴線」(きんせん)
語彙・・・心の奥深くにある、物事に感動・共鳴しやすい感情を琴の糸にたとえていった語。「心の~に触れる言葉」

人の心の中にはいくつも優しい弦が眠っている。

多くの人に愛される人ほど多く弦を持ち合わせているようだ。

その弦が時折、外からの刺激を受けて、ポロンポロンと鳴り出す。

あたたかい音色や悲しい音色、せつない音色や激しい音色。

詩を読んで泣ける人もいるし、クラッシック音楽で涙ぐむ人もいる。

心のひだと言い換えてもいいだろう。

人に優しくあるために、人生をより謳歌するために、私たちは多くの琴線を張りめぐらせなければならない。

そのためには常に心を開いておくことだ。そして書に親しむこと。

金銭より琴線を。

豊かさはそこにある。
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  # by kubogon | 2007-02-22 09:09 | 教育

「気骨のある」ということ

「気骨」(きこつ)
語彙・・・自分の信念を守って、どんな障害にも屈服しない強い意気。「―のある若者」

腹の座った気骨のある人が好きだ。
過去にいろんな人々と出会ったが、本当に力のある大きい人はいつも穏やかである。

その優しさの中には譲れない厳しさも存在している。そんな人も少なくなった。


気持ちに骨と書いて「気骨」。うまい表現だ。

背筋のような太い骨がその思想を貫いているという感じが伝わってくる。

周りに怯え、顔色をうかがって生きることなんかクソ食らえ。
いつも心にゆるぎない信念を持ち続けていたいものだ。

頑固や頑なさ(かたくなさ)とは違った、あくまで筋の通った信念。

そのような強い心を身につけるためには経験を積むしかない。

子供たちに望むこと。

何かして失敗することを恐れるより、何もせずに死んでいくことを恐れてほしい。

人と同じである安心感より、人と違うことの喜びを感じてほしい。

凛と背中を伸ばして、吹きつける風に顔を上げ、遥か彼方にある光に向かって歩き続けてほしいのだ。
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  # by kubogon | 2007-02-06 12:18 | 教育

「粋」であるということ

「粋」(いき)
語意・・・ 気質・態度・身なりなどがさっぱりとあかぬけしていて、しかも色気があること。また、そのさま。「―な姿」「―な柄」「―な店」⇔野暮(やぼ)。

粋を枠と読み間違えてしまうほど廃れてしまった日本の美学。
ごちゃごちゃ飾らず、身の丈を知った服装をし、わざとらしさのない素敵な生き方。

 蕎麦につゆをたっぷりつけないで食べるやせ我慢的なところもある。

 ちょいワルオヤジ全盛のいま、あえてチョイ粋オヤジでありたいと思う。
 グラスを持つ姿に色気があったり、歩く後ろ姿がすっとしていたりしたい。カサブランカのボガードや椿三十郎の三船のように。

 金沢のとある塾長さんは、生徒用に古伊万里の湯呑みを使っている。「本物見せないといい眼が養われない。俺は金はあまりないが心は豊かでいたいんだ。」とのこと。粋な人だと思う。

 中身の薄さを装飾品でごまかそうとする若者の悲しさよ。
 もっと粋でいなせな人になりなさいな。

 お手本は全て落語にあるから。
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  # by kubogon | 2007-01-30 16:29 | 教育

「孤高」

「孤高」(ここう)
語彙・・・俗世間から離れて、ひとり自分の志を守ること。また、そのさま。「―を持(じ)する」「―な(の)人」

 年とともに友人とつるんで遊ぶことが減ってきた。というより、遊ばなくしていると言った方がよいかもしれない。
 先日、小学校時代の友人と飲んだところ、「おまえ、友達なんて必要か。」と聞かれた。
あ、こいつ、やはり同じこと考えてるなと思い、「一緒に遊んだり、グチ言い合うような友達はもういらない。数年に一度ぐらいしか会わなくても、そいつが存在することで自分がインスパイアされるような人生のライバルに近い友達ならいる。」と答えた。
 そいつは満足そうに「うむ。」と軽くうなずき、また酒を飲み始めた。

 人生半分終わってみて、まだまだやってないことが多すぎる。どこまで登ればいいのか分からないが、己の脚でその頂を極めたいと思う。
 誰もいない頂上は寂しくて気持ちがいいだろう。
 どうせ死ぬときは独りだ。気高く強く生きてやれ、と思う。
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  # by kubogon | 2007-01-29 14:47 | 教育

「垂乳根の」

「垂乳根の」(たらちねの)
語意・・・「母」あるいは「親」にかかる枕詞。

 短歌には特定の語句を導く枕詞(まくらことば)と言う五音のことばがあります。基本的には意味はなく、リズムを整えるためなどに用いられます。
 この「たらちねの」は、最も有名な枕詞の一つで、その字から分かるように、母乳で多くの子供を育て続けてしぼんでしまった母の胸を表します。

 私の好きな短歌でこの枕詞を用いたものに下記の歌があります。

 「たらちねの母がつりたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども」

そのまま訳すと「年老いた母がつってくれた青い蚊帳はたるんでいたけど、その下で私はすがすがしい気分で眠れました」という意味になります。

 この歌の背景を想像するとかなりグッときてしまいます。

 久しぶりに田舎に帰省した息子。
年老いた母は息子との久しぶりの再会を大いに喜び、息子のために村に一軒しかない雑貨屋へ赴き、蚊帳を新調することにした。
 息子の来た日、新品の青い蚊帳を懸命にぴんと吊るそうとするが、年老いて力の弱った母はなかなか上手く張れない。
 「お母さん、俺、手伝うよ。」「いいんよ、あんたは向こうで休んどって。母ちゃん一人でできるさけ。」
 そんな会話を交わしながらもどうにか蚊帳は天井から吊るされることとなる。
 結局はたるんで不恰好になってしまった蚊帳だが、息子は母の思いの深さを感じ取り、その下で深い眠りにつくのであった。

 以上が私の頭に浮かんだイメージです。いかがでしょう。
たった31音の中にも素敵なドラマがあるものですね。
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  # by kubogon | 2007-01-23 16:27 | 教育

「潔い」ということ

「潔い」(いさぎよい)
語意・・・心やおこないにやましいところがない。汚れがない。卑怯な点や未練がましいとろがない。思い切りがよい。

 人の生き方として美しいことの一つに「潔さ」があります。

 悪いことは悪いと素直に認め、ウソをつかずに真っ直ぐに生きる。
 
 単にあきらめが早いというのではなく、己の分を知っているということでもあります。

 最近の政治家など見ていると、いつもいいわけばかりで、自分の非を全く認めようとしません。
 紅白のDJオズマの問題より、必要もない事務所費をごまかそうとしている政治家の方が、子供の教育には圧倒的に悪いでしょう。
 裸はそれ自体に非はありませんし、いやらしく思う気持ちが悪いのですからね。

 ある統計によりますと、一日に一度もウソをつかない人間はほとんどいないと言います。

 そんな時代だからこそ、常に「潔く」ありたいと思うものです。
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  # by kubogon | 2007-01-22 17:34 | 教育

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